日本パグウォッシュ会議ヒストリープロジェクト

公開No.06-07「日本版パグウォッシュ会議(科学者京都会議)の開催へ」 (前編・後編)

 1957年8月に第1回パグウォッシュ会議が開催されたのち、日本ではパグウォッシュ会議を支持する科学者が、湯川秀樹、朝永振一郎、坂田昌一を中核として集まり始めた。翌58年4月にカナダで開かれた第2回パグウォッシュ会議に日本から参加した科学者はいなかったが、1958年9月にオーストリアのキッツビューエルとウィーンで開催された第3回パグウォッシュ会議には、湯川秀樹、朝永振一郎、坂田昌一、小川岩雄、三宅泰雄が参加した1。しかし、その後しばらくの間、湯川らは日本国内でパグウォッシュの日本グループとして目立った活動をしていない。米英ソ3国が核実験を一時停止して核実験禁止交渉を開始したのに続き、全面完全軍縮が軍縮交渉の議題になるなど、軍縮分野で前進がみられたという事情が、背景にはあった。

 パグウォッシュ会議を支持する日本の科学者が、湯川、朝永、坂田を中心として組織的かつ継続的に活動を行うようになるのは、1960年代に入ってからのことである。その当初の目的となったのは、日本版パグウォッシュ会議の開催であった。安保改定をめぐる国会論議が最高潮に達していた1960年4月、湯川ら第3回会議出席者5名は、和達清夫日本学術会議会長に要望書を送り、日本学術会議がイニシアティブをとり、パグウォッシュ会議と同じ性格の会議を日本で開いてもらえないかとの申入れを行なった。しかし、この要望の実現に向けた動きは進展しなかった2

 その間に湯川らに大きな衝撃を与える出来事が起こった。1961年8月31日にソ連政府が核実験再開を声明し、9月1日に大気圏核実験を実施したのである。その直後、湯川は「歴史の歯車が破滅の方向に回りだした感じで、前途が暗くなった」と新聞紙上で語っている。湯川、朝永、坂田にとって人類に深刻な危害を与える核実験の再開はとても容認できないものであった。また、核実験停止を全面軍縮、戦争廃絶の目標に向かう第一歩とみなしていた湯川らにとって、核実験再開は軍備撤廃の実現を妨げるという意味でも、許しがたい行為であった3。そこで9月3日、湯川、朝永、坂田は連名で核実験抗議声明を発表し、この声明を同月5日から16日まで米国のストウで開催された第7・8回パグウォッシュ会議に送付した4。同会議に日本から参加した物理学者の豊田利幸は、核実験禁止条約案を用意して会議に臨んだ5

 ストウ会議から豊田が帰国したのち、湯川らは日本版パグウォッシュ会議の開催をめざして動き出した。豊田の会議報告を受け、日本の科学者としても平和の維持に協力するために何かしなくてはならないという気持ちに駆られたからである。1962年9月にパグウォッシュ会議がロンドンで開く大規模な会議に湯川らが招待されたことから、日本グループとして、この会議に十分に貢献できる体制を整えるべきとの考えもあった。そこで日本学術会議への提案が棚上げになっていたこともあり、湯川、朝永、坂田が呼びかけ人となってプライベートな形式で会議を開くことになった。会議の準備や運営には、豊田や小川ら当時中堅・若手の物理学者たちが事務局メンバーとして協力した。

 その一人であった小沼氏は、映像(前編)の中で会議の準備について語っている。湯川らは会議の独立性を確保するため、開催のための資金を外部から得ることはしなかった。また、会議を企画する過程においては、ラッセル・アインシュタイン宣言に賛同し、湯川らの呼びかけに応じた著名な自然科学者、人文社会科学者、文化人を交えて準備会合が重ねられた。岩波書店が湯川らを会議の準備段階から支援した6。滋賀県堅田で開催する予定であったことから、準備段階では会議の名称は「堅田会議」とされた。ある会社の寮を会場として使うことになっていた。ところが、4月末になって会長の意向で寮を会場として利用できなくなる事態が発生した。湯川らは急きょ新たに会場を探すことを迫られ、会議開催直前に京都嵐山の名刹、嵯峨天竜寺を会場とすることに決まった。

 かくて5月7日から3日間にわたって開かれた会議には、呼びかけ人の3人を含む12名が参集した。パグウォッシュ会議に倣い、京都で開かれた同会議は「科学者京都会議」と名付けられた。映像(後半)の中で小沼氏は、会議の様子や反響について語っている。会議では湯川、朝永、その他の招待者が様々なテーマで報告を行い、それに基づいて活発な討論が行われた7。会議最終日には、「ラッセル・アインシュタイン宣言の精神に共感するものたち」の名で声明が発表された8。この声明には参加者12名に、当日欠席した9名を加えた21名が署名した9。会議は非公開で行われたが、岩波書店の総合雑誌『世界』にて特集が組まれ、会議開催までの経緯や会議で行われた報告・討論の内容が詳細に紹介された10。小沼氏によれば、会議に対して批判的な反応もあったが、以後、科学者京都会議の継続が日本グループの国内活動の柱となっていく。

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1 第3回パグウォッシュ会議は様々な意見をもつ多くの著名な科学者を招くことによって、パグウォッシュ運動の幅を一層拡げることを趣旨として開かれ、第1回および第2回会議に比べて大規模な会議になった。6日間の非公開会議には20カ国から約70人の科学者が出席した。そこでは、核戦争の帰結、核兵器実験の障害、軍縮の技術的問題、軍備競争に関する政治問題、科学・技術時代の教育、科学の国際交流と協力、科学者の責任といったテーマをめぐって議論が行われた。さらに全参加者の理解が共通する領域を、第1・第2回会議のときよりさらに詳細に探求し、その結論を声明にまとめ上げることが試みられた。ウィーンで発表され、「ウィーン宣言」と名づけられた声明は、7章からなる長文のもので、「ラッセル・アインシュタイン宣言」と並んでパグウォッシュ会議史上の重要文書となった。ユージン・ラビノビッチ「第3回パグウォッシュ会議」、グロッジンス、ラビノビッチ編[岸田純之助、高榎尭訳]『核の時代』みすず書房、1965年、510-512頁。Joseph Rotblat, Pugwash – the First Ten Years. New York, NY: Heinemann, 1967, pp. 20-23.

2 湯川秀樹、朝永振一郎、坂田昌一編著『平和時代を創造するために――科学者は訴える――』岩波新書、1963年、122-123頁。日本学術会議『日本学術会議年報 昭和35年4月~昭和36年3月』1962年3月、45頁。「パグウォッシュ科学者から日本学術会議への要望書」『日本学術会議第31回総会資料綴』、名古屋大学坂田記念史料室、保管場所番号A-6-6-1。

3 『朝日新聞』(夕刊)1961年8月31日。坂田昌一「放射能の下で科学者は何をなすべきか」、坂田昌一『科学と社会 論集2』岩波書店、1972年、259-260頁。

4 『朝日新聞』1961年9月4日。

5 豊田利幸「パグウォッシュ会議の論理と核問題」『世界』第228号(1964年12月)125頁。

6 小沼氏が映像(前半)で名前を挙げている緑川亨は、のちに岩波書店の雑誌『世界』編集長を経て、同社社長に就任した。

 

7 報告者と報告タイトルは以下の通りである。湯川秀樹「ラッセル・アインシュタイン声明を中心として」、朝永振一郎「パグウォッシュ会議の経過」、田中慎次郎「核兵器禁止と軍縮をめぐる問題」、田島英三「国連科学委員会の報告」、谷川徹三「核時代のモラル」、宮沢俊義「世界平和と日本国憲法」、都留重人「軍縮と経済」。

 

8 第1回科学者京都会議声明、http://www.riise.hiroshima-u.ac.jp/pugwash/kyoto1.html。

 

9 湯川らの呼びかけに応じて会議に参加し、声明に署名した12人は、以下の通りである。大仏次郎、桑原武夫、坂田昌一、田島英三、田中慎次郎、谷川徹三、都留重人、朝永振一郎、福島要一、三宅泰雄、宮沢俊義、湯川秀樹。声明の署名者は21名であり、以下の9人は会議に参加予定であったが当日欠席し、会議後に署名した。江上不二夫、大内兵衛、茅誠司、川端康成、菊池正士、南原繁、平塚らいてう、三村剛昴、我妻栄。『世界』第200号(1962年8月)、125-205頁。

 

10 「科学者京都会議の記録」、『世界』第200号(1962年8月)。

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公開No.06

「日本版パグウォッシュ会議

        (科学者京都会議)の開催へ」前編

【公開日】2017年3月13日

【再生時間】約5分

【証言】

 小沼通二(慶応大学名誉教授)

【構成、解説、インタビュアー】

 黒崎 輝(福島大学准教授)

【制作協力】

 高原孝生(明治学院大学教授)

【企画・制作】

 日本パグウォッシュ会議ヒストリープロジェクト

解説

公開No.07

「日本版パグウォッシュ会議

        (科学者京都会議)の開催へ」後編

【公開日】2017年3月13日

【再生時間】約5分

【証言】

 小沼通二(慶応大学名誉教授)

【構成、解説、インタビュアー】

 黒崎 輝(福島大学准教授)

【制作協力】

 高原孝生(明治学院大学教授)

【企画・制作】

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