ノーベル平和賞受賞講演(1995)

 

 

1995年ノーベル平和賞受賞講演
ジョセフ・ロートブラット

「あなたがたの人間性を心にとどめなさい」

国王・王妃両陛下、ノルウェー・ノーベル委員会の委員長と委員の皆様、そして、ご列席の皆様

ノーベル平和賞受賞という私の人生におけるこの重大な出来事に際し、一人の科学者として、また人類の一員としてお話したいと思います。私は非常に若い頃から、科学を熱愛してきました。科学は人間の知性を最大限に働かせることであり、私の心の中で常に人々に役立つものと結びついていました。私は科学を人間性と調和するものとみなしていました。ですから、科学が作り出した人間性に対する恐ろしい危険を回避するために自分の後半生が費やされようとは思いもしませんでした。

核エネルギーの実用的解放は、多年にわたる実験研究と理論研究の結果でした。それは広く世の中の人々の役に立つ大いなる可能性を秘めていました。しかし、この発見について一般公衆が最初に知ったのは、原子爆弾による広島の破壊のニュースでした。科学と技術の輝かしい業績は有害なものへと転化してしまったのです。科学は死や破壊と同一視されるようになったのです。

このような科学の描写が妥当であると認めるのは、私にとって心苦しいことです。政治的・軍事的な見方に基づいて、日本の都市に対する原爆使用の決定、ならびに、それに続く膨大な核軍備の増強を行ったのは、諸々の政府です。けれども、「鉄のカーテン」の両側にいる科学者たちは、40年にわたる冷戦時代を通じて、核軍備競争の勢いを維持する上で大変重要な役割を演じました。

核軍備競争における科学者たちの役割は、英国政府の科学問題担当首席補佐官を長年務めたザッカーマン卿によってずばりと表現されています。

核兵器のこととなると、…あれやこれやの不可解な理由で、旧式の核弾頭の改良または新しい核弾頭の発明が有益であると最初に提案するのは、研究室の人々である。軍備競争の中心にいるのは、戦場の指揮官ではなく、こういった技術者なのだ、と。

軍備競争の恐ろしい可能性が認識されるずっと以前から、核兵器に対する本能的な憎悪は広まっていたし、それらを廃棄しようという強い願望がありました。事実、国際連合総会の最初の決議は、全会一致で可決された核兵器の廃絶を求めるものでした。しかし、その当時、東西間の激烈なイデオロギー闘争によって世界は分極化されていました。この要求を実現する見込みはありませんでした。第一になすべきことは、核軍備競争が大変な惨事をもたらす前に、それを止めることでした。しかしながら、共産主義の崩壊とソ連邦の解体の後、核兵器を保持するためのいかなる理由も消えました。核兵器の完全廃棄の追求が再開できたのです。にもかかわらず、核保有国はいまだに自国の兵器に頑なに執着しています。

数多くの国連決議で表明されているように、核軍縮は人々の熱烈な願望だけではないことを思い出してください。核軍縮は、公式に認められた五核兵器国が核不拡散条約に調印したときに法的に約束したことなのです。ほんの数カ月前、同条約の無期限延長が合意された際に、核保有国は改めて完全核軍縮を約束しました。これは今でも、そうした国々が宣言した目標なのです。しかし、核保有国の政策は、その諸々の宣言と調和していません。この相違の原因は核保有国の政策に内在しているように思われます。

冷戦の終結以来、二大核保有国は核軍備の大幅な削減を開始しました。双方は毎年、およそ2000発の核弾頭を解体しています。この計画が続けば、全ての核弾頭は今から10年強の内に解体されることになります。およそ10年で核兵器のない世界をつくる技術的手段を私たちは持っているのです。しかし、現在の計画ではこのことは規定されていません。START 2 条約が実施されたとしても、―同条約はまだ批准されていないことを忘れないでほしいのですが、―実戦配備されたものと備蓄されたものを含めて、およそ 15000発の核弾頭が残されることになっています。広島に投下された原爆の平均20倍の威力を持つ兵器が15000発です。

基本的な考え方に変化がなければ、まず非常に長い間、私たちは核軍備のゼロへの削減をみることはないでしょう。現在の基本的な考え方とは核抑止です。これは米国の「核態勢見直し」で明確に表明されています。それはこう結論を下しています。「冷戦後の環境では核抑止が必要である」と。そして、これと同じことを他の核保有国も言っています。核兵器は特定されない何らかの危険に対する防護手段として保持されているのです。

この政策は単に冷戦時代からの惰性による継続です。冷戦は終わりました。しかし、冷戦思考は生き残っています。その当時、核兵器の存在によって世界大戦は防がれているのだ、と言われました。今や、核兵器はあらゆる戦争を防止する、と言われています。こうした議論は、否定命題の立証を主張するものです。私は、無線電信が始まった頃の私の少年時代に聞かされた話を思い出します。

二人の博識な男がそれぞれの国の古代文明について議論していた。一人の男が言った。「私の国は技術開発の長い歴史を持っています。私たちは地中深く発掘を行い、電線を発見しました。私たちははるか昔に電信を持っていたのです」すると、もう一人の男は言い返した。「私たちだって発掘しました。あなたたちよりずっと深く掘りましたよ。ですが…何も見かりませんでした。ということは、既にその時代に私たちが無線通信を使っていたことを証明しています。」

核兵器が世界大戦を防止したという直接的証拠は何もありません。逆に核兵器はあと少しで世界大戦を引き起こしたことが知られています。私の人生で最も恐怖に怯えたのは、1962年10月のキューバ危機の時です。私たちは最近になって自分たちがどんなに戦争に近づいていたかを知ったのです―当時、私は全ての事実を知っていたわけではありません―。それでも私は不安におののくに十分な事実を知っていました。何百万の人々の命が突然終りを迎えようとしている。あと何百万人の人々は死ぬまで長い間苦しむことになるはずだ。私たちの文明の大部分は破壊されることになるだろう。全ては一人の男、ニキータ・フルシチョフの決断にかかっていた。彼は米国の最後通牒に屈服するだろうか、しないだろうか。これが核兵器の現実です。核兵器はそれ以前の戦争とは異なり、全ての文明を破壊する世界大戦の引き金を引きかねないのです。

核兵器は戦争を防止するとの主張に関して、一体さらにいくつの戦争が行われれば、この議論は論破されるのでしょうか。何千万もの人々が、1945年以降に起こった数多くの戦争で亡くなりました。その戦争の多くに核保有国が直接関与しました。二つの戦争では核保有国が事実上敗北しました。核兵器を持つことは、その核保有国の役には立たなかったのです。

要約すれば、核兵器のない世界が危険な世界であるという証拠はありません。それどころか、私が後に述べるように、それはより安全な世界であるでしょう。

核兵器の保有、ある場合には核兵器の実験さえが、国家安全保障にとって必要不可欠である、と言われています。しかし、他の国々もこう主張することはできます。もし軍事的に最強、そして(それ故に)もっとも脅威を受けない国々が、自国の安全のために核兵器を必要とするなら、本当に安全が脅かされている諸国に対して、そのような安全防衛手段の要求を拒むことがどうしてできましょう。現在の核政策は拡散への道です。それは大難を引き起こす政策です。

この惨事を防ぐため、人類のため、私たちは全ての核兵器を廃棄しなければなりません。

この目標を達成するには時間がかかるでしょう。しかし、私たちが始めなければ、決して実現しません。その目標に向けて、いくつかの重要な措置をすぐにも講じることができます。いくつかの研究、ならびに高級将校や政府高官による多くの公式声明は次のように証言しています。あらゆる軍事紛争と平和に対する脅威は、現在の核兵器国の間で起こる紛争を除いて、通常兵器の使用によって対処しうる、と。これが意味するのは、核兵器の唯一の機能は、それが存在する間、核攻撃を抑止することです。全ての核兵器国は直ちにこのことを認め、決して核兵器を最初に使用しないと条約の形で宣言するべきです。これは、核兵器の廃絶へ至る、漸進的、相互的な核軍備削減への道を開くでしょう。それはまた、核兵器禁止条約への道を開くでしょう。この条約は普遍的で、核兵器の所有を全て禁止するものです。

私たちは、同条約の実効性を保証する必要な検証制度の問題を解決しなくてはなりません。パグウォッシュ会議の研究は、こうした問題に関する提案を生み出しました。そのような条約の交渉のための仕組みは既に存在しています。交渉に入ることで当事国が拘束されるわけではありません。今すぐに交渉を開始しない理由は何もありません。今でなければ、いつならよいのでしょうか。

そこで私は、核保有国に対して、時代遅れの冷戦時代の思考を捨て、新たな見方をとることを求めます。とりわけ、核兵器が人類に与える長期的な脅威に留意し、その廃絶に向けて行動を始めることを核保有国に訴えます。人類に対するあなた方の責務を忘れないでください。

私の第二の訴えは、私の同僚の科学者たちに対するものです。私は先程、「ドクター・ストレンジラブ」(1)として風刺的に描写された少数の科学者たちが、軍備競争をたきつけるために演じた不名誉な役割について述べました。彼らは科学のイメージを大いに損ないました。

他方、パグウォッシュ会議やその他の諸団体には、科学と技術の進歩によって生み出された危険を回避することに自らの時間と才能の多くを捧げる科学者たちがいます。しかしながら、彼らは科学コミュニティーのほんの小さな部分に過ぎません。私は科学コミュニティー全体に向かって話したいと思います。

あなたがたは根本的な仕事をし、知識のフロンティアを推し進めています。しかし、そうするときに、あなた方はしばしば自らの仕事が社会に及ぼす影響についてあまり考えません。「科学は中立だ」とか、「科学は政治と関わりがない」といった戒律が、いまだに優勢です。そうした戒律は、「象牙の塔」心性の遺物です。けれども、結局、象牙の塔は広島に投下された爆弾によって粉砕されたのです。

ここで例えば次のような問題があります。いかなる科学者も大量破壊兵器の開発に従事しなければならないのか。最近ハンス・ベーテは、はっきり「否」と答えています。ベーテ教授はノーベル賞受賞者であり、ご存命のマンハッタン計画参加者中で最も高年令の方です。広島原爆50周年の機会に、彼は声明を発表しました。全文を引用しましょう。

私はロスアラモスの理論部門の長として、最初の原爆を製造した第二次世界大戦のマンハッタン計画に最上級の地位で参加しました。

現在、私は88歳ですが、そのような地位にいた人たちの中の数少ない生き残りの一人になりました。その当時からの半世紀を振り返ると、私は、第二次世界大戦以来こうした兵器が使われなかったことに安堵の念を強く感じます。ただし、そこには、その時以来ロスアラモスにいた私たちの誰もが想像しえたよりも百倍も多く、そのような兵器が何万発もつくられたことへの恐怖の念が交じり合っています。

今日、私たちは間違いなく核兵器の削減と解体の時代にいます。けれども、いくつかの国々では核兵器の開発がいまだに続けられています。これを世界の様々な諸国が止められるか、それがいつになるかは定かでありません。しかし、それでも科学者個々人は自らの技能を利用させないことによって、この過程に影響を及ぼすことができます。

それゆえに私はあらゆる国々の全ての科学者たちに呼びかけます。さらなる核兵器、ならびに化学・生物兵器のような他の大量破壊をもたらす可能性をもつ兵器の創造、開発、改良、そして製造の仕事を停止し、断念することを。

もし全ての科学者たちがこの呼びかけを心に留めるなら、これ以上の新しい核弾頭が現れることはないでしょう。ムルロアにはフランス人科学者たちはいないことになるでしょう。新しい化学・生物兵器もありえません。軍備競争は終わります。

しかし、社会に対する害悪へと直接・間接につながるかもしれない科学研究分野は他にもあります。そのために不断の警戒が必要とされます。政府や産業の研究目的は時々隠蔽され、公衆に人を誤らせるような情報が示されます。そのような悪しき行為を暴露するのは、科学者たちの義務であるはずです。「告発」が科学者の倫理の一部とならなければなりません。これは報復をもたらすかもしれません。しかし、これは己の信念のために払われる代償です。モルデチャイ・バヌヌが不釣合いに厳しく処罰されていることが例証するように、その代償は非常に大きいかもしれません。彼の苦しみはすでに十分だと私は思います。

おそらく自発的なヒッポクラテスの誓い(2)の形で、科学者たちの倫理的行動指針を定式化する時が来ています。とりわけ科学を職業にしようとしている若い科学者たちにとって、これは価値があるでしょう。米国の学生パグウォッシュ・グループは、この考えに取り組んできました。これは大きな励みになっています。

そのような力強い役割を科学が社会生活において演じるとき、人類全体の命運が科学研究の結果にかかっているとき、全ての科学者はその役割を十分に意識し、それに応じて振舞うことを義務として負っています。私は同僚の科学者たちに訴えます。人類に対する自らの責任を忘れないでいただきたいと。

私の第三の訴えは、全ての国々の市民に対するものです。世界に永久平和を確立するために私たちを助けてください。

次の恐ろしい現実に目を向けてください。核兵器の開発により、人類は史上初めて、たった一つの行動で全文明を破壊する技術的手段を手にしました。事実、全人類は核兵器によって、あるいは科学のさらなる進歩が生み出す見込みのある大規模破壊手段によって危機に晒されています。

私は核兵器を廃絶しなければならいと論じてきました。この世界から差し迫った脅威が取り除かれたとしても、安全が永続することにはならないでしょう。核兵器が発明された前の状態に戻ることはできません。核兵器のつくり方に関する知識は消し去れません。核兵器のない世界においても、大国のいずれかが軍事紛争に巻き込まれることになれば、それらは自国の核軍備を再建する気になるでしょう。しかし、それは現在私たちがおかれている状況よりはまだましです。なぜならば、ふたたび製造するにはかなりの時間を要するでしょう。その間に紛争は解決する可能性があります。核兵器のない世界は現在の世界よりも安全でしょう。しかし、それでも終局的破滅の危険は残るでしょう。

それを防ぐ唯一の方法は、戦争を完全に廃絶することです。戦争が許容しうる社会的制度であることをやめなければなりません。私たちは、軍事対決以外の方法で紛争を解決することを学ばなければなりません。

私たちが40年前に「ラッセル・アインシュタイン宣言」の中で次のように述べたとき、この必要を認識していました。

さて、ここに私たちがあなたがたに提出する問題、きびしく、おそろしく、そして避けることのできない問題がある。―私たちは人類に絶滅をもたらすか、それとも人類が戦争を放棄するのか。

戦争の廃絶はまた、核兵器国の約束でもあります。NPTの第6条は厳格かつ有効な国際的管理の下での全面完全軍縮に関する条約を求めています。

いかなる国際条約も国家主権の一部の放棄を必要とし、概して人気がありません。私たちが「ラッセル・アインシュタイン宣言」の中で述べたように、「戦争の廃絶は、国家主権の不快な制限を必要とする」のです。いかなる統治制度が 最終的に採択されたとしても、それが人民の支持を得ていることが重要です。私たちの共通の資産である人類を保護するには、私たち一人一人の中に全人類に対する忠誠という新しい忠誠心を育てることが必要である、というメッセージを伝えることが必要です。これには人類に属するという感情を育むことが必要です。私たちは世界市民にならねばなりません。

冷戦終結以来、分裂状況が生じ、ナショナルまたはエスニック・アイデンティティの承認を求めて多くの戦争が起こっています。にもかかわらず、「ラッセル・アインシュタイン宣言」が発表されたときよりも、今のほうがこの新しい忠誠心が受け入れられる見込みが大きいと私は考えます。これは主に、この40年間に科学と技術が成し遂げた多大の進歩によるものです。通信・輸送手段のすばらしい発展によって、私たちの地球は小さくなっています。世界の諸国民は近しい隣人となっています。近代の情報技術によって、私たちは世界のあらゆる場所のあらゆる出来事について瞬時に知ることができます。様々なネットワークを介して、私たちは互いに語り合うことができます。この設備は時とともに大いに改良されるでしょう。なぜなら、そうして成し遂げられたことは、これまでのところ初歩的なものにすぎないからです。技術は私たちを一つにしつつあります。多くの方法で私たちは一つの家族のようになりつつあります。

私が人類に対する新しい忠誠心を唱えるとき、私たちが国家への忠誠心を放棄することを示唆しているのではありません。私たちはそれぞれ、最も小さい集団である家族から、現在のところ最も大きい集団である国家に至る、いくつかの 集団に対する忠誠心をもっています。こうした諸集団の多くはその構成員を保護します。科学と技術から結果として生じる地球規模の脅威のゆえに、人類全体が今や保護を必要としています。私たちは自分の忠誠心を人類全体にまで拡げなければなりません。

パグウォッシュ会議において私たちが主唱している戦争のない世界は、多くの人々によってユートピア的な夢想とみなされるでしょう。しかし、それはユートピア的ではありません。例えば欧州連合のように、戦争が考えられないものとなっている広い地域が世界には既に存在しています。必要なのは、こうした地域を拡大し、世界の大国を覆ってしまうことです。

いかなる場合であれ、私たちに選択の余地はありません。他に取り得る選択肢は受け入れられません。「ラッセル・アインシュタイン宣言」の最後の一文を引用しましょう。

私たちは人類として、人類にむかってうったえる。あなたがたの人間性を心にとどめ、そして他のことは忘れよ、と。もしそれができるならば、道は新しい楽園へむかってひらけている。もしできないならば、あなたがたの前には全面的な死の危険が横たわっている。

戦争のない世界の探求には基本的目標があります。生き残りです。しかし、もしその過程で私たちが恐怖ではなく愛によって、強制力よりもむしろ好意によって、それを実現する方法を学ぶとしましょう。あるいは、もしその過程で私たちが必要不可欠なことと愉快なことを、私利を図ることと善意によることを、そして、実際的なことと美しいことを結合させることを学ぶとしましょう。そうすれば、この偉業に着手する特別の動機となるでしょう。

そして何より、あなたがたの人間性を心にとどめてください。

  1. 映画『博士の異常な愛情 または私はいかにして心配するのをやめて水爆を愛するようになったのか』(1964年/英=米、スタンリー・キューブリック監督)に登場する科学者。

  2. 医術に携わろうとする人の医師倫理綱領の宣誓

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