第一回科学者京都会議声明(1962)

人類の成員としてこの地球上に生まれあわせた私たちは、居住する地域や保持する信条のいかんにかかわらず、私たちすべてに共通する重大な問題に直面していることを認めざるを得ません。いうまでもなく、それは人類が今後も存続し繁栄しつづけていくか、戦争によって破滅するか、という問題であります。原子爆弾が出現して以来、今日までの間に、核兵器とその運搬手段とは著しい発展をとげました。その結果、現在すでに人類は、それらの使用によって自らを全体的に抹殺し得るにいたったと推定されております。それにもかかわらず、軍備強化の競争は依然としてつづいているのであります。この問題への解答は、もちろん、人類の破滅ではなく、その存続の方途を示すものでなければなりません。

現代の人類がこのような恐るべき事態の中におかれていることを認識している人々の数は、この数年間に急速に増大してきました。このことは国際世論の推移からみても明らかであります。

 今から7年前のラッセル卿と故アインシュタイン博士とを提唱者とする宣言に始まるパグウォッシュ科学者会議は、1957年以来8回にわたって開かれ、この問題の解決のための努力を重ねてきました。会議には毎回、米ソ両国をふくむ多数の国々の科学者が個人の資格で参加し、国籍やイデオロギーの相違をこえ、「全体的破滅を避けるという目標は他のあらゆる目標に優位しなければならぬ」という原則のもとに真剣な討議を行ない、多くの点で意見の一致に達しました。

 しかし、問題は大きく、その解決のためには、様々の角度からの検討が必要であります。それぞれの国の中でも、この種の国際会議のほかに、目標を同じくした会合の開かれることが望ましいのであります。

 核兵器による災害を経験し、また戦争放棄を明記した憲法を有するわが国は、世界平和のために特別な貢献ができるはずであります。とくに、核戦争による人類破滅の危険が増大しつつある今日、私たちは日本国憲法第9条が、制定当 時にもまして、大きな新しい意義をもつにいたったことを確認するとともに、平和に対する責任をあらためて強調したいと思います。

 そこで、パグウォッシュ宣言の精神に共感するものたちが、ここ京都に集まり、第一回の科学者会議を開き、3日間にわたって自由かつ真剣な討議を行ないました。その結果、次の諸点について意見の一致をみたのであります。

(1) 科学は私たちの生きている世界に内在する真理の発見によって、人類に貢献してきた。しかし、科学にもとづいて技術的に実現し得ることのすべてが、人間にとって、また人類全体にとって望ましいものとはいえません。科学の発見した真理を、人類の福利と平和にのみ役立てるためには、科学者を含むすべての人が、科学の成果の誤用、悪用を防ぐことに不断の努力を続けなければならないのであります。

(2) 戦争がもはや、国際間の諸問題を解決する手段となり得ないことは、昨秋発表された軍縮交渉のための米ソ共同宣言においても確認されております。にもかかわらず核兵器の保持による威嚇が平和の維持に役立っているという見解が、依然として根強く主張されています。しかし、この考え方は極めて危険であるといわねばなりません。大量殺戮兵器による抑止政策がとられる限り、相対峙する諸国は必然的に、より大きな報復力の保持に努め、ますます巨大な戦争遂行能力をもつことになるからです。その結果はかえって不安定な軍事情勢をもたらし、偶発事故をまたずとも、戦力や情勢に対する誤った判断などにもとづく戦争勃発の危険を増大させることになります。したがって、核兵器による戦争抑止の政策は、戦争廃絶の方向に逆行するものであり、私たちはこれに反対せざるをえないのであります。

(3) 核兵器実験は、多量の放射性物質をまきちらし、人類に遺伝的および身体的傷害をひき起します。この理由だけからも、それは当然禁止されなければなりませんが、それにおとらず重要なのは、核兵器実験によって軍備競争が激化し、ますます国際緊張を強め、ひいては核戦争の危険を増大することであります。
核兵器実験のうち、大気圏および水中での核爆発実験は容易に探知、識別できることが認められており、しかもこれらの実験は、人類に与える障害と軍備競争におよぼす影響がとくに大きいと考えられますので、ただちに禁止されねばなりません。さらに私たちは、すべての核兵器保有国の参加した、いっさいの核兵器実験の禁止協定が一日も早く結ばれることを強く要望します。

(4) 全面完全軍備撤廃への希望を、全会一致で採択した国際連合総会の決議を思い起こすまでもなく、真の解決は核兵器をふくむ軍備の縮小、さらに進んでは完全な軍備撤廃が実現される以外にはありません。
目下ジュネーヴで行なわれている18カ国軍縮委員会に、戦争防止のために有効と思われる多くの具体的提案が出されていることは、私たちに希望を抱かせます。とくにその中でも、厳格にして効果的な国際管理のもとにおける、核兵器運搬手段の廃棄と、他国の領土に置かれている軍事基地撤廃とが、できるだけ早い時期に実現されることが望ましいと考えます。

(5) 軍縮の実現が、必然的に不況につながると考えて軍縮を拒否すべきでなく、むしろ積極的にこれに取り組むことによって、新しい道を開くべきであると考えます。
最近、公にされた国際諮問委員会の報告書「軍縮の経済的、社会的影響」も結論において、その可能性を指摘しています。開発の遅れている国々の生活水準の向上、自然の改造、科学における大規模な共同研究の実施など、軍縮によって解放される資源をもって実現しうる、積極的な目標には限りがないのであります。全面軍縮によって可能になる全人類の向上と繁栄を考えますと、その意義は倍加するといえるでしょう。
しかし、軍縮の実現にともなう各国経済、世界経済の構造的転換の方途をはじめとし、なお多くの解明されなければならない問題が残されています。とくに軍縮と日本の経済との関係について、長期的観点に立って十分に検討されることが必要であると考えます。

(6) 戦争と軍備競争の時代に終止符をうち、全面完全軍縮の達成によって、新しい平和の時代をつくりだすことは、今日、全人類が自らの運命にかけて行なわなければならない歴史的大事業であります。この問題は、政治、経済、科学、思想、宗教などと深く結びついているので、あらゆる分野の人々が衆知を集めて真剣に検討することが望ましいと考えます。

 これらの切実な諸問題に直面して、私たちの思考は、国家主権だけを絶対視する現状を越えて、新しい次元に向かって開かれなければなりません。核兵器競争で如実に示されている国家利己主義を打破するためには、高い道義的理念とそれにもとづく新しい法秩序を、広範な視野に立って検討することが、きわめて有意義であると考えます。
この会議においては、「核兵器と軍縮」、「軍縮と経済」、「科学時代のモラル」、「世界平和と日本国憲法」に関する諸問題を中心課題として検討が進められましたが、私たちは率直かつ真剣な討議を通じて、このような会議をひきつづき行なうことが、きわめて有意義であることを確認し、この会議を科学者京都会議と呼ぶことにしました。今後の会議にお いて残された重要な諸問題をも含め、より広く、またより深い検討がなされるでありましょう。ここに声明された私たちの見解に対して、多くの活発な意見の出ることを期待いたします。

1962年5月9日 京都にて

江上不二夫 大内兵衛 大仏次郎 茅誠司 川端康成
菊地正士 桑原武夫 坂田昌一 田島英三 田中慎次郎
谷川徹三 都留重人 朝永振一郎 南原繁 平塚らいてう
福島要一 三村剛昂 三宅泰雄 宮沢俊義 湯川秀樹
我妻栄

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